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QWERTYの史的とぐろ?raycy このページをアンテナに追加 RSSフィード

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2010-09-23

【仮説】ダウンストライク(orトップストライク)やら、オリヴァーの両持ちタイプバーやらは、なんでQWERTYを採用したか。これこそ Stickney(1904)的にみれば、不可解ではなかろうか。そしてそれは、タイプライタートラストの成立以前からの出来事ではなかったろうか、どうかな、、

10:25

なんだったっけか、

思い出せない、あっそうか、アップストライクからフロントストライクへの移行期に、ダウンストライクorトップストライクやら、オリヴァーの両持ちタイプバーやらもある、、

タイプバスケットが円環状サークル状でなくなったときに、、連なりとなったときに、果たして QWERTYの選択しかなかったのか

つまり、

  • アップストライク式でのQWERTYにおけるタイプバスケット上でのタイプバーの並び、ディッカーソンの規則性には意義があった。
    • そして、後発のQWERTY機やらダブルQWERTY機やらにも、アップストライク式でなら意味があっただろう。
  • だが、その後、ダウンストライク(orトップストライク)やらオリバーの両もちやら、そしてアンダーウッドのフロントストライクでのQWERTY採用は、どうか?

1904年、Stickneyは、

  • アンダーウッドのタイプバスケットにおけるタイプバーの並びの欠陥を 暗に批判したわけである。
  • だが同時に、Stickneyは、QWERTYが支配するタイプライター世界の動かしがたい現実をも 認めざるを得なかった。
  • そしてその折衷案たる、タイプバーの隣接関係の部分交換によって改善する道を提案したわけである。

と思ったら、オヴァーハングな 後っ側からのトップストライクなFitchは独自配列だったんだ、、独自配列の登場と敗退と、、?

Fitch 1

First year of production:

1888

The Virtual Typewriter Museum: Fitch 1

フランクリン1892年やSalter 5(1882年)はQWERTYのようだ。

Franklin

First year of production:

1892

The Virtual Typewriter Museum: Franklin 7

Salter 5 (improved)

First year of production:

1892

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